ダンケルク


★★☆

イマイチだった。

ノーランは叙述とか伏線とか、視聴者を騙す巧みなトリックが一番の魅力で、それが嵌まった作品は映画そのものの出来もすごい良いんだけど、そういったトリックがない作品や脚本は正直ダメというか、良くて凡庸といったところ。
ダークナイトやインセプションが前者、マン・オブ・スティールやダークナイトライジングが後者。
ダンケルクは後者だった。

個々人の人間性ではなく戦争そのものを描いた映画――というアプローチは面白いとは思うけど、それが映画としての出来に繋がっていない。
あとCG嫌いのノーランは実際の戦闘機まで持ち出していて、空戦は盛り上がるのかと思いきや、CGを使わないせいでアングルが単調になっていて、空篇が一番退屈というね。
作者のこだわりが面白さに結び付いていない例。

そもそも陸海空の三ルートという違う場所・違う時系列で進む話なのに、それが全然活かせてない。
それぞれの物語が影響しあったり、ルートが合流するところが面白い筈なのに、それがない。なので盛り上がらない。
この手のクロスストーリーについては、いまだにゲームの428~閉鎖された渋谷で~を超える作品は見たことがないな。

あと個々人の感情を廃した純粋な戦争映画を目指したのに、一番面白いのは最も個人的な物語である陸篇であったのは皮肉だ。

この作品を“トンカツを注文したらトンカツしかでなかった”と評するサイトがあったが、より正確には“塩もレモンもソースもついてなかった”と付け加えたい。
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マグニフィセント・セブン

★★★★

1.悪い奴が非道を行う
2.凄腕を雇う
3.二手に分かれて凄腕を集める
4.7人の選りすぐりの凄腕が街を解放する
5.街の人と協力して罠を仕掛け、敵の本隊と対決する

いかにこのプロットが強固か、つくづく実感した。中だるみする箇所がない、ずっとテンションぶん上がりなんだから。
荒野の七人が生まれたのも分かるよ。だってこのプロット見たら、色んなジャンルで試したくなるって。
本作も問答無用に面白かった。主人公が黒人だったり、メンバーにインディアンやメキシコ人がいたりは今風な感じ。でもこういう集団は無国籍な感じの方が“寄せ集めの凄腕”感があってずっと良い。
悪役も良かったなぁ。黒コートでゆっくりと教会を歩くところとか、もうメッチャクチャ様になってる。
味方で一番好きなのはもちろん死の天使。臆病者のロートルがラストバトルで活躍するのって、分かってても燃える!

ホビット

★★★★
年末のBS一挙放送を見た。
原作未読で指輪物語も映画の一部しか見てないけど、すっごい面白かった。
特に三部は頭っからずっとバトルバトルでここが山場って感じだった。
しかし振り返ってみると、一部はダンジョン探索、二部はドラゴン退治、三部は戦争といずれもファンタジー的王道を踏襲している。まあ二部ではドラゴン退治出来てないんだが。

でもやっぱ三部だよな。スカイリムとかウィッチャーとかに通ずる、現代のファンタジー要素が映像にぎっしり詰まってる。
あとラストだけあって人が死ぬ。しかも重要な奴だけが死ぬ。

それとバケモノに攻城兵器背負わせるエンズの軍っぽいので、黒王の正体はサウロン。

君の名は。


★★★★

これ、面白かったのは面白かったけど、ストーリーはほぼほしのこえと同じだよね。
勿論ガチガチにSFで、恥ずかしいほどにリリカルなほしのこえに比べて、本作はキャラクターの可愛らしさやユーモアなんかがあって、そういうところが一般層に受けたのだろう。
つまるところほしのこえを、エンタテイメント寄りにした作品が本作であるという、ちょうど月姫とFateのような関係なのだ。

(以下ネタバレあり)




ストーリーの同一性とは具体的には、
・君と僕/少女と少年
 世界系と呼ばれるジャンル。これは他の新海作品も同様。
・時間と距離の隔絶
 ほしのこえでは地球と木星という距離と、何年もかけて届くメール。
 君の名は。では東京と岐阜という距離と、入れ替わりが同一の時間軸でない点。
・二人の関係のためだけに存在する、バックボーンに欠けたSFガジェット
 ほしのこえでは急に彼女がロボットに乗って、宇宙生物と戦って、木星から地球にメールが届いたりする。しかし世界観の説明はないし、彼女も訓練してる様子もない。そもそもロボットに乗ってるのに何故か制服だ。メールが光速で地球に届く理由も分からない。(中継基地があるの?)
 君の名は。でも彗星というガジェットが君と僕を隔てる要素となっているが、なんで欠けたとか本体がどうしたといった話は全くない。あと入れ替わり発生後もお互いの居場所について伝えていなかったり、電話で連絡するのも最後の最後だったりと、シナリオ自体の整合性は欠けていたりする。

最後の方は批判に聞こえるかもだが、そもそも新海誠という人の作品は最初からシナリオの整合性や世界観の説明というものに興味がなく、あくまで君と僕という二人の関係性だけが重要であり、入れ替わりや宇宙進出なんかは遠距離恋愛という要素のためのガジェットに過ぎないのだ。そこに理由や説明は必要ない。漫画やアニメによくある“親の都合”による引越しするようなものだ。それが新海作品ではそれがSFガジェットになっているだけである。

なぜSFガジェットを用いるのか。それは“究極”を求めた結果だろう。
ほしのこえは地球と木星という究極の遠距離恋愛である。
君の名は。もまた、時間と生死に阻まれた究極の遠距離恋愛である。
より難しく、より困難な関係。バトル漫画における最強の敵みたいなものだ。

シン・ゴジラ


★★★★
傑作。
全ての邦画、全ての怪獣映画、全てのパニック映画の中にあっても燦然と輝く傑作だった。
映画というものはどこか現実に地続きのモチーフとテーマが必要なのだが、この作品にはそれがあった。これぞ映画なのだ。
あと日本映画で頻出する、冷める演出が見事に排されていたのも素晴らしい。(後述)
本作は日本ゴジラの復活の一作になったと思って間違いない。これに続く怪獣映画を、色んな才能ある監督に描いてほしいな。

以下に良かったところを列記。
(少しネタバレあり)






・登場人物が叫ばない
 火星の人(オデッセイ)公開時に指摘されていたことで、この作品では火星に取り残された側もそれを助けようとする側も、淡々と焦ることなくプロとして最善を尽くす演出がされている。
 対して日本のドラマはすぐ叫ぶ。説得して叫んで狼狽えて叫んでピンチになって叫んで。どっちがプロフェッショナルらしいかは言うまでもない。
 しかし本作で登場する政治家はほとんど叫ばない。自分が見た限りでは二回だけで、そのうちの一回は窘められている。(もう一回は脇役だった)
 本作が未曽有の災害に対処する、プロフェッショナルの物語なのだ。

・感動的な曲が流れない
 感動的なシーンで感動的な曲を流すのは正直かなり安っぽい。上手い作品もあるが、大半は古臭いかB級臭くなるだけだ。
 本作では演説シーンと決着シーンがそれに当たるが、どちらも音楽はなく自然音しかない。
 特に決着のシーン。大抵の邦画だとみんなウワーって万歳して、紙をまき散らして大騒ぎって感じだけど、本作ではみんながほっとして安心したような非常に地味な演出になっている。
 だがそれがいい。
 全力を尽くしたあとの人間に騒ぐ余裕などない。ただ乗り越えた安堵があるだけなのだ。

・女とイチャコラしない
 マフィア梶田を連れた石原さとみがうさんくさい英語を喋りだしたときは不安に思ったが、キスもいちゃこらもなく政治的な駆け引きに終始したので一安心。愛だの絆だの、映画に不可分でないのだ。とりわけ怪獣映画には。

・テーマがある
 ゴジラ上陸時の瓦礫流、初動の遅れ、放射能汚染、頼りない政治家、二転三転する政府報道。映画の前半は疑いようもなく東海地震をモチーフにしている。(個人の撮影やニコ動など、モキュメンタリータッチなのはこのため)
 後半はそれが東京で起こった場合、一新された若く優秀な政治家たちによって対処された場合というテーマになっている。
 面白いのは前半の政治家が極端に無能に描かれてはおらず、一所懸命に職務を遂行しているのだが、イマイチ危機意識や必死さに欠けているだけというところ。
 世代や前任者に対するヘイトではなく、傷を負った若者たちの成長が見せ場なのだ。

・すぐ怪獣が出てくる
 どのメインキャラより早くゴジラの姿の出るというのは他の怪獣映画と比べても優れた長所である。というか、怪獣映画はこのあたりを引っ張りまくるけいこうにあるからなぁ。

・ミリタリー色全開
 総火演でおなじみのヘリや戦車のバトルが熱い。
 特にスラローム射撃をする10式戦車はこの戦車じゃなければ出来ない素晴らしい映像。
 メカは壊されるところまでふくめてカッコイイ。
プロフィール

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Author:左
hideとマリリンマンソンとベクシンスキーと京極夏彦と金庸と今川泰宏と冲方丁と八房龍之介と高寺成紀と牙狼とガングレイヴ(アニメ)とマクロス7を神と崇めるサイト。(多神教)

bogiehouseアットmail.goo.ne.jp

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